こんばんは。momomamaです。
今さら何を(いやどこを)隠すんだという題名のアレですが、ほらなんか、何となく、コンプライアンスとか?がね?(絶対コンプライアンスの意味理解してないやつ
さてさて。『今は昔…』くらい前の話ですけども。一応、記録のために。。
WSJ交流会が終わってすぐ、長崎医療センターに術後1年の検査入院をしてきました。
本当は術後半年で検査入院しないといけなかったんですが、経過がまあ落ち着いてたのと、予想外の怒涛のスケジュールで(←母が)、どうにも都合がつかず。。
というわけで、時期はズレたものの、今回も新幹線と特急電車を乗り継いで行ってきました。
ちなみに、たまに質問があるんですが。「なぜ長崎なの?大阪では手術できないの?」というやつです。
我が家は好き好んで長崎に行ってます(言い方)。
当時マイナーだった外科手術(脳梁離断)のために行きました。
が、大阪にも外科手術を受けられる病院はありますし(当時に脳梁離断やってたかは謎ですが)、今はももぞうの大阪のかかりつけ(大阪市立総合医療セ○ター)でも脳梁離断は受けられるそうです。
(当時は脳梁離断が本当にマイナーでした)
我が家は当時、今は既に引退された長崎の名医に執刀いただきたく、大阪の主治医に相談の上で、敢えて大阪の脳外科(小児)のある病院ではなく、長崎を受診しました。
てなわけで、好き好んで行ってる長崎ですが、今回も相変わらず遠かった。。(そりゃそうだ)
約7時間の道のりを、ももぞうと二人旅です。
自宅から新大阪まではパパに車で送ってもらい、新大阪〜福岡を新幹線の多目的室で移動。
もちろん道中は母子でガン寝です(家出たの朝6時前)。
ももぞう「長旅にも、うさちゃんが必須でしゅよ〜」
(うさちゃん抱っこしてる!かわいい!!!←病的な親バカ)
福岡駅からは特急に乗り換え。
乗り換えに時間があったので、ずっと気になってたJR福岡駅内の“エヴァ”コラボカフェに立ち寄りました。
でもコラボメニューが高すぎて、結局普通のメニューを注文するという…。
貧乏性のにわかファンです。笑
福岡から諫早までは、JR在来線です。
“特急かもめ”、個室がないので一般席での移動です。
隣に車いすを置ける席(シングルシート)が各車両に数席だけあるんですが、事前予約できないそうで。
いつも一旦普通の指定席を買って、乗車してから車掌さんに相談して席を変えていただいています。
今回は発車後もなかなか車掌さんが巡回に来られなくて、でも買った席(ダブルシートの1つ)は横に車いす置くスペースがなくて座れず…、結局乗車から1時間近くを喫煙場所の近くのフリースペースで立ったまま過ごしました。(新幹線で寝てたので体力は有り余ってて、全然余裕でした!柔軟に対応してくだった車掌さん、ありがとうございます!)。
諫早駅で特急かもめを降りて、最後は予約していた福祉タクシーへ。
(これ以外に、在来線の普通電車で諫早〜大村まで行って、大村駅からタクシーに乗る、または諫早駅前から病院前までバスに乗る、などのルートもあります。もちろん大阪から飛行機で行く方法が一番早いです)
諫早(いさはや)駅からの景色。
のどか〜〜〜〜。この雰囲気、大好きです。
諫早駅から福祉タクシーに揺られること20分ほどで、病院到着。
やっとの到着ですが、そのまま脳波室へ。
うさぎまみれで長時間検査を受けるももぞう。笑
意思表示がはっきりしてきたので、脳波検査も一苦労です。
ももぞうさん、それはもう怒りに怒って、頭に巻いた包帯の中に手を入れてコードを引きちぎろうとし、包帯も引っ張って取ろうとするので、看護師さんにお願いして両手を拘束してもらいました。。
拘束をお願いするまでの攻防で、母子ともにヘトヘト。笑
ももぞうは拘束にも大変お怒りでしたが、お陰で無事に脳波は撮れました。
ごめんよ、ももぞう。頑張ったね〜!!
一晩脳波を撮って、翌日からは血液検査や画像検査(MRIなど)。
一週間半ほどの入院でした。大きなトラブルなく終えられて一安心。
以前は全然寝付かないももぞうの寝かしつけでノイローゼになりそうなほど悩んでました。
毎日夜が来るのが怖かった。
でも、今回の入院では生活リズムも安定。母子ともに、ぐっすり。
もはや家と同じくらい寛げる病棟。。
(何度も長期入院しすぎて、ホーム感満載。笑)
前は毎晩何時間も廊下を徘徊して(部屋だと他の子の迷惑になるので)、プレイルームで寝てたなぁ。
寝かしつけのために5時間とか抱っこし続けて、腰と腕と方がパンパンに腫れてたなぁ。
…今はデブって他の意味で腫れてますけどね!!!!(とつぜんの謎ギレ
さて、肝心の検査結果ですが。
ももぞうの発症以降の経過は、
部分発作で発症→ウエストに移行→ACTH→発作抑制されるが右脳後頭部に棘が残存
再発→投薬調整するが抑制できず→長崎で外科手術(脳梁離断)→発作抑制
再々発→投薬調整で抑制するが疑わしき動作あり(脳波上は発作ではないが動作は発作)
再々々発(疑わしき動作が大きくなり脳波上でも発作に)→投薬調整での抑制できず→長崎で外科手術(右脳の後頭葉〜側頭葉〜頭頂葉を離断)→発作抑制
再々々々発→投薬調整するが抑制できず→発作が軽微なため引き続き投薬調整
…という感じです。
で、今回は焦点離断の術後1年検査。
検査結果は、外科的には良好。傷跡もきれいで、脳内の水たまりなどもなし。
術後の経過としては、発作は再発しているが今すぐの再手術はなし。発作が軽微なのと、焦点が複数個所あるため(手術可能なのは複数ある焦点のうち1か所のみ)、その1か所を手術しても運動麻痺を残す上に発作がゼロにはならないと思われる。引き続き経過を見ながら、まずは大阪のかかりつけ医の元で新薬を試す。
…ということになりました。
もし外科手術を検討されてる方がこの記事を読んだら、「何だよ外科手術しても再発してんじゃん…」とガッカリされるかもしれませんが。
私自身、ももぞうに外科手術を受けてもらって本当に良かったと今でも思います。
再発はしましたが、発作がとても軽く小さくなったし、回数も少ないです。
発達も数値上では大きな変化はないものの、発症して退行するばかりだった発達が少しずつ進み始めたのを感じています。
何よりももぞう本人がとてもイキイキしていて、手術前より明らかにQOLが上がりました。
入院中もご機嫌?
笑い方にもバリエーションが出てきて、これは「ぐふふ…」って笑ってます。笑
最近は自分でマグに手を伸ばし、手にしっかり持って牛乳を飲んだり、母が頭を撫でて褒めると喜んで声を出して笑ったり、思うようにいかないことがあるとイライラして自分の頭をガシガシしたり…。
子どもらしい感情表現が増えて、母はもう可愛くて堪りません。
控えめに言って、可愛くて目が潰れそうです。(親バカではなくもはやただのバカです)
帰阪後にイケメン主治医の診察を受け、今飲んでいる2剤(テグレトール・トピナ)に追加してフィコンパ(ペランパネル)を飲み始めました。
まだ増量中ですが、今のところは良くも悪くも大きな変化なく。
何となく発作が減ってる気がしますが、元々発作が分かりにくい&多くは無かったので、何とも判断しかねる感じです。
このまま副作用が出なさそうなら最大量まで増量してみたいなと思いますが、最大量とは?ってのもあるので(まだ小児での利用例があまり多くはないらしいです)、ももぞうの様子を見ながらイケメン主治医と相談していきたいと思います。
さてさて、まだまだ書きたいことあるんですが…取り敢えず次回は、先日 総務大臣に任命された野田聖子先生にお会いした際のことをご報告できればと思います。
野田先生も想像の500倍くらい素敵で魅力的な方でした。
でも、人知れずてんかんの子供たちのために闘っている人がいることを、みなさんに知って欲しいなと思います。長年培ってきた頭脳と人間関係をフル利用して、私財と自分の時間を惜しみなく注ぎ込んで闘ってくれている人たちがいるんです。
ドラベ症候群患者家族会。莫大な量の資料作成と事前準備を経て、野田先生にお会いするきっかけを作ってくださった方たちです。
その方たちを褒めて欲しいとかそういうことではなく、てんかん児の親の一人として、その背中にとても励まされるので。
辛い時、この病気や世間と向き合うのが嫌になったとき、あの方たちのことを思い出すと「ああ、私もうちょっと頑張れるかも」って思えます。
いつか私もそんな存在になれたらなと思いますが、目指す背中は偉大過ぎて、恐らく私には一生かかっても無理だと思うので…私には私に出来ることを…(←そんなもの何もない説が濃厚だけど、気付かないフリして頑張ってます)。
ということで、次回更新は…
…気長に待っててね!!!!!!
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