岡田「陸軍のおじいさん?
なんでそんなん…あ、元退役軍人っていう記事の見出しか…。」
私「うん、さっきの話では、新聞の見出ししか伝えていなかったけれど、実際にはもっとたくさんの記事を読んでいるんだ。
その中で、故人の経歴なんかを、遺族や近しい人が語っていて、それも記事にしてあった。」
岡田「なんて?」
私「『戦場での奇跡』と、銘打って、何度も死線をくぐり抜けて生き残り、いかに素晴らしい軍人だったかを語っている人物がいた。
来歴によると、旧満州にて、多大な功績を残したとか、なんとか…。
かなり地位の高い軍人だったようだ。」
岡田「そんなお国のために働いたお人の孫がなんでそんな事をするようになったんやろぉ…。」
私「は?今、お国のためって言った?」
岡田「そうや?多大な功績を残したってことは、英雄やろ?
日本のために頑張って働いた立派な人やったんやない?
それが、なんで、殺人を繰り返す孫娘を持つようになってまったんやろうって不思議やわ。」
私「ひろみちゃん、認識を変えたほうがいい。
戦争っていうのは、異常事態なんだ。
お国のためっていう、大義名分で戦いに出向く。
つまり、この時期の英雄っていうのは、相手の国にどれだけダメージを与えることができたかで評価される。
戦争での仕事っていうのは、要するにたくさん敵の国の人を殺したかってことなんだ。」
岡田「え…?」
私「日本においての英雄、それはすなわち中国人を大量に殺害したっていうことなんだ。
中国の人にしてみれば、同胞を大量殺戮した侵略者。
そして敗戦を経て、平和な世の中になれば、戦争犯罪人。
A級戦犯として扱われても文句は言えない。」
岡田「え…中国人を大量に殺害…。
そ、そんな風に考えたことなかった。
だって、歴史のドラマとかだと、そんな風にやってない…。」
私「ん、マスコミがそういう風に演出していないからね。
戦争を知らない世代の子供が、戦争で頑張った人は偉いと思い込むのは当然だけれど、事実はそれだけじゃない。
国と国とが戦う、それが戦争なんだ。
私たちは生まれた時から平和な世の中に育ったから、ピンとこなくてもしかたない。
でも、戦争をするってことは、その影にたくさんの庶民の命が奪われているという事実があるんだよ。」
岡田「そ、そんな…。
せやけど、戦争言うたら、個人ではどうしようもなかったんちゃう?
そういう世の中やったんやろ?
仕方なかったんちゃうかな?」
私「うん、世論というのもあるし、個人の努力ではどうしようもない部分があるからね…。
どの時代に生まれるかは、運次第のところもあるから、戦争に突入する時に成人だったなら、否応なく巻き込まれる。」
岡田「せやったら、一生懸命戦った結果、軍人さんも命懸けで働いてくれてたんとちゃう?」
私「立場違えば、見方も変わるし、今の世の中を生きている私が戦時中の軍人を責めることはできない。
そういう点ではひろみちゃんの意見も正しいし、尊重されてもいいと思う。
私が小宮の祖父を英雄と聞いて、不快感を覚えるのは、それ以外の理由からだ。
彼は何度も圧倒的に不利な状況でも、死線をくぐり抜けて、生き延びている。
それも、敵に多大な被害を与えて、自分たちもごくわずかな人間のみが生き残ったという逸話だ…。」
岡田「え、それ、すごいんちゃう?」
私「記事には、『戦場での奇跡』と書いてあった。
そして、それは3回もあったとも。
つまり、小宮の祖父は何度も自分たちの隊が消滅の危機に貧しても、相手の軍に多大な損害を与えつつ、なぜか自分たちだけは助かっている。
そこが不愉快に感じる原因なんだ。」
岡田「え?それは策士やったんちゃう?
すごい才能があったとか、運がよかったからやとウチは思うよ?」
私「自分たちの小隊がほぼ壊滅状態において、圧倒的不利な状況で、ごくわずかな人間のみが生き残っているんだよ?
どれだけ不自然なんだって話だ。
運が作用した、というなら、一度ならありえる。
けど、戦場において、奇跡は、無い。
そんな状況で生き延びられる原因はただ一つ。
奇策を使ったからなんだ。」
岡田「きさく?なに、それ。」
私「日本軍も、中国軍も思いもよらない方法で、危機を脱した。
それは、通常では思いつかない、奇抜な策を取って脱出したということだ。」
岡田「だから、それは運がえぇんちゃう?
頭いい人なんじゃないかと思えるけどな?」
私「頭がいい…。
ある意味、生き延びるために、その手段を行使した、という点では切れているかもしれないが。
いい?中国軍も壊滅状態にさせて、自分たちの隊もほぼ壊滅状態。
つまり、ほぼ引き分けと言ってもいいのに、なぜ、彼らは奇跡を起こしたと賞賛されるのか?
それは、数において、圧倒的に不利な状態で、生き延びることができたからだ。」
岡田「だから、凄腕の軍師やったんちゃうって思うけど?」
私「違う。
本来戦争とは自分たちの軍にいかに被害を最小限におさえて、効率よく相手の軍を痛めつけられるかが評価されるものなんだ。
それが、彼らは自分たちの軍もほぼ壊滅状態にさせている。
とても頭のよい軍師とは言えない。
ほぼ、無能といってもいい。」
岡田「は?でも、数で負けとったんやろ?
それなら、しゃーないやん。」
私「だから、そんな戦を仕掛ける時点で無能と言えるんだ。
戦局としてそれがやむなしだとしても、元々地の理がない。
数で負けていれば、白兵戦でもかなわない。」
岡田「はくへいせん?」
私「運動会の騎馬戦みたいなものだ。
人間対人間で戦うやつ。
中国では気候もちがうだろう、どこまでも日本軍の方が不利だったんだ。
最初から自滅コースなのに、なぜ、彼らは相手軍に多大な被害を与え、かつ少数の人間のみが生き延びることができたのか?
それは、日本軍の人間を盾にして、上官の数名のみ、逃げ出して生き延びたからだ。」
岡田「え…?
そ、そんな上司やろ?
そいつらが、逃げる?
そんなん、ありえへんやろ?」
私「いいや、それ以外考えられない。
そして、盾にして逃げるだけでなく、相手にも攻撃をくわえている。
おそらく、敵味方お構いなしに、銃撃もしくは、爆撃したんだ。
だから、数で圧倒的に不利のはずが、お互い引き分けにもっていけた…。
逃げ出すために盾にするなんて、生易しいものじゃない、味方をオトリにして敵ごと爆撃した。
もしくは、自分たちの兵の下っ端を向かわせて、そこで自爆させた。
自分たちは後から突撃する、英霊となれ、とかなんとか言って、立場の上のもの数名のみがこっそり戦場から抜け出していたんだ。」
岡田「…それ、死にぞんじゃん…。
上司の命令聞いて、自分たちだけ死んでくことになるやん…。」
私「そして、生き残った奴らは、国元に帰れば英雄扱いだ。
事実を知っている配下は全員死亡。
死人に口無しとは、このことだ。
中国軍もまさか、日本軍が自爆で攻撃してくるとは思わかなったんだろう。
有利な立場にいたはずなのに、壊滅的な被害を受けた、というのは、それが理由だ。」
岡田「そ、そんな…。」
私「これが一回なら、奇跡とか言われてもふーんと思っただろう。
しかし、三回も繰り返しているとなると、自分の命可愛さに、配下を皆殺しにした。
そして、逃げ出す時に数名のみ選んで逃げている。
おそらく国に帰れば利用価値のある、身元の確かな者たちだったんだろう。
命惜しさに、口止めさせると同時に、戦争が終わった際の保険に使った。
敗戦後には、戦犯扱いされる可能性がある。
おそらく政治家の息子かなんかを引き連れて国元に帰ってきた。
そして、うまいことやって、A級戦犯扱いされることなく、平和な日本での生活が保証された、という訳だ。」
岡田「な、なんで…。
なんで、そこまで読めるん?」
私「これは、あくまで私の想像だが、その故人へのコメントを残していた人物の苗字がとても珍しい人物だった。
地元の名士ということだったが、漢字からは想像もつかない発音をする。
そして、以前、小宮は自分は議員と仲がよいと言っていた。
それと同じ苗字だったんだ。
私の想像だが、小宮の祖父は戦線を離脱する際に選んだ人物に、お前も人殺しなんだと脅しをかけていた。
内緒にしてほしくば、今後の自分の身分を保証しろとな。
もしくは、自分は命の恩人なのだからと恩を売っていた可能性もある。
それで、小宮は政治家の一家とも付き合いがあった。」
岡田「へ…?政治家一家?」
私「政治家とは、地盤、看板、金庫番というものが必要だと、うちの父親が言っていた。
つまり、人脈やら、知名度やらお金がたくさんかかるものだから、ほぼほぼ世襲制だと。」
岡田「せしゅうせい?」
私「血のつながりのある親子で同じ職業を継いでいくっていう意味だ。
政治家にはぽっとでの新人はなかなか入り込めない。
親族ばかりがかたまって、政治家を目指す、というのが現状なんだよ。
そして、小宮が言っていた政治家は、この東海エリア、愛知、岐阜、三重で名を馳せている人物だ。
今度国政に打って出ると聞いたことがある。」
岡田「ちょ、ちょ待ち!
政治家?東海エリア?こくせい?なにそれ!?」
私「つまり、小宮が懇意にしている政治家は、今度の選挙で国会議員を目指す、という意味だ。」
岡田「へ?議員?なんの話?」
私「小宮のバックには議員がついている。
確たる証拠なく、訴えを起こすと、足元をすくわれる可能性があるっていう意味だ。」
岡田「ちょ、ちょ、ちょ待ち!
あんさん、何者?
なんで、そんな事を知っとるん?」
私「店番をしていると、近所のおばちゃんたちがしゃべってるからな。
そこから引き出して話している。」
岡田「ちょ、ちょ、そんなん、どうして喋れるの、アンタ!」
私「私は一度見聞きしたことを、ほぼすべて記憶する。
だから、自分の記憶の引き出しから、必要な情報を引き出して、組み立てて話しているだけだ。」
岡田「ちょ、ちょっと、その、小宮が中学生の時に新聞を読んでいたのを見たっていうのは、あんたどんくらいの時間みとったの?」
私「…そうだな、10秒から、15秒くらいかな…。
もしかしたら20秒ぐらいかも…。」
岡田「ちょ、ちょっとその時間でそんな新聞って読めるものなの?」
私「紙面をそのまま記憶しただけだ。
そして、その内容から自分の推測を話しただけだが?」
岡田「ちょ、ちょっと…。
え、えっと、あの、あのね、記憶したとしてもね、なんでそんな戦争の事を見てきたように話せるの?」
私「簡単な推測だ。そんな些細なことはともかく。」
岡田「ささい?それ、ささいな事なのっ!?」
私「私が推測するに、小宮の祖父は姑息な手段で大量の同胞まで殺害した。」
岡田「はっ!そうやった、人非人やったな!そいつ!」
私「あぁ、そんな選択をするという時点で、もう狂っているとしか思えない。
もしくは、最初から非情で残虐な性格だった可能性もあるがな。
そこに、戦争という事態が、小宮祖父の残虐性に火をつけた。
戦争とは人殺しが仕事だ。
並みの神経の人間なら、嫌で嫌でたまらないはずだ。
それが、小宮祖父は違った。
大量の中国人を殺害し、そして日本人もたくさん巻き込んだ。
自分たちだけが生き残るためにな。
この点では私もその立場になってみないと自分もその選択をしないとも限らないので、何とも言えないが、その時、小宮祖父は思ったはずだ。
死ぬ奴らが悪いと。
劣った存在だから、頭が悪いから、運が悪いから死ぬのだと考えた。
だから、それを殺す自分は悪くない。
それをくり返し、国元では英雄扱いだ。
小宮祖父は思ったはずだ。
人殺しはいいことだ、劣った人間を殺して何が悪い。」
岡田「むちゃくちゃやん!」
私「そう、狂ってる。
そして、戦争が終わり、平和な日本になったとき、彼は思ったはずだ。
人殺しはいいことだ、だが今の状況では犯罪になる。
どうにかして、人を殺せないかと。」
岡田「ひっ!?」
私「そんな祖父を間近に見て育ったのが小宮雅子だ。
影響を受けないはずがない。
そして、遺伝的な性質も似ていた可能性がある。
二人の間になにがあったのかは知らない。
頭から血を流して白目をむいた祖父を眺め下ろして、笑っていた。
それが小宮雅子15才のできごとだった。」
岡田「そ、それが最初の殺人やったんやね…。」
私「私が見たビジョンでは殺人だとは断定できない。
なにか言い争いかなんかあって、転落した可能性もあるからだ。
ただ、それを助け出すような素振りは見せなかった。
祖父の死体を見て、笑っていただけだ。
事故の可能性も残っているけれど、おそろしく黒だと言えるだろう。」
岡田「そ、そうか…。
アンさん、どこまでも冷静やね…。」
私「以前、特殊支援学級の生徒が襲われた事件で、子供たちが劣った存在を粛清して、何が悪いと言っていた。
それを聞いたひろみちゃんは、なんでユダヤの大量殺人みたいな事を言うんだろうって不思議がっていた。
それは正確な直感だったんだよ。
小宮雅子の祖父は英雄と賞賛されている影で実際には大量殺戮者だった。
その影響を色濃く受けている。
そして、小宮が小学校で受け持った児童たちも洗脳されて、殺人未遂事件をつぎつぎと起こしている。
あの特殊支援学級の子供が襲われたのが真冬だったら、肺炎ではすまない。
死亡していてもおかしくはないんだ。」
岡田「はっ!
そうか、あれも小宮クラスの子供のやったことやったね!」
私「…そうか小宮は…。
自分が子供の頃に殺人を犯したから…。
自分は悪くないと考えて、自分と同じ行動をする子供たちを作っていたんだ。
劣った存在は殺してもいいという理屈を植え込んで実行させた。
以前、ひろみちゃんが、小宮の事を、『弱いものを攻撃してやろうという気配がプンプンしていた』と言っていたのも、かなり正確な直感だったんだよ。」
岡田「あっ、言ってたね、そんなん。」
私「そう、ひろみちゃんは、優れた直感の持ち主なんだよ…。
感覚的に相手の人柄を見極めることが得意な子供なんだ。
だから、小宮の事を、金属音とか、黒板を引っ掻く音みたいな不愉快な雰囲気を持っていると言っていた。
今、思うと、私もあの時、めまいやら、金属音を聞いていた。」