俺はどこかで、いつかキャンディとよりを戻せると信じているのではないかと思っている自分に気付き始めた。どうしてもスザナを受け入れられない。嫌いでもないが好きでもない。はっきり言って何とも思わないというのが本音であり、最近では、グランチェスター家の人間という事がわかると俺に対する執着が強まってきた。
「テリィ!もうすぐ私のバースディパーティよ!私のドレスはどれがいいかしら、あれからおねだりして一杯買ってもらったの、ほら見て!ステキでしょう!」
スザナのクローゼットにはたくさんのドレスが並んでいた。先日、緑色のドレスは似合わないと言って買わせなかったドレスもしっかり後から買い足していた。
「 どうしてもそのドレスが欲しかったの。初演ではそれを着るわ!」
俺は無視した。こういうところが執念深くて、苦手だった。負けず嫌いで自分の意思を曲げない強さがあった。
そしてバースディパーティの日を迎えた。
場所はあのマキシムであった。
店には俺とスザナは先に行っていた。招待客は、
フレッド、カレン・クライス、あとはスザナの劇団時代の友人たちだった。ロバートは忙しくて来れないと欠席の連絡をしていた。スザナはパーティの華であり、俺は飾り物だった。
「カレン、来てくれて光栄だわ!今日は楽しんでらして!」
カレン・クライスはスザナのライバルであり、ロミオとジュリエットの時、代役を命じられて俺と共演した。彼女はキャンディを知っていた。
キャンディが病院長からの命令でカレンの父親の屋敷に書類を届ける事があり、そこで偶然に知り合っていた。
「スザナ、お誕生日おめでとう。ご招待頂いてありがとう。」
かつてのライバルも今では女優を引退せざるを得なくなったスザナを哀れんでいた。
「やあ、スザナ、誕生日おめでとう!よう、テリュース。」
と手を差し出した。
「
フレッド!ありがとう!今日は楽しんでらしてね。」
マキシムの豪勢な料理が運ばれて来て、それぞれ堪能していた。
カレンが言った。
「マキシムで誕生日パーティだなんて、すごいわ。スザナ!洒落てるわね。」
「テリィの提案なの。テリィとはよく来るのよ。ランチなんかしょっちゅうよ。ここの支配人は彼のお父様のご友人なの。」
嫌な言い方だった。
「そうなの!テリィ!ごちそうさま!羨ましいわね。こんなところでしょっ中デートだなんて。お父様ってどこにいらっしゃるの?」
「彼のお父様はイギリスの貴族でかの有名なグランチェスター公よ。私は今度招待されていてお屋敷に伺う事になってるのよ。」
「すごいわ?。さすがはスザナが選んだ人だけあるわね!」
「スザナ、こんなところで言わなくても。。」
スザナは口から出まかせを言って後からそれを実現させるように持っていくのが常だった。
「あら、本当の事じゃない!お父様にもお会いしないとね。結婚式の事も取り決めないといけないから。」
「結婚!?」
みんながびっくりしていた。
「いつするのよ。」
「彼のお父様にお会いしてからよ。私はこんな身体だし、まだ海外までは行けないから、お父様の方から来られると思うの。ねっテリィ。」
「 ええっ…。あぁ…。」
そして俺の母親はエレノア・ベーカーだとか、言わないでほしい事を次から次へと喋っていた。
「やめてくれよ、スザナ。」
「あら、どうして、本当の事だもの。恥ずかしい事ではないわ。むしろ名誉な事ではなくて?」
「スザナ、テリィは恥ずかしがり屋だからあいつの話はもういいじゃないか。話題を変えよう。」
カレンがおもむろに尋ねた。
「ねぇ、テリィ。そう言えばあのキャンディって子はどうしてるの?」
そこにいる連中はドキッとした顔をしていた。急に静まり返った。
「どうしてあなたがキャンディを知っているの?」
スザナは怪訝な顔つきで聞いた。
「キャンディは、うちの父親の病院に書類を届けに来た事があってそこで私と過ごしたのよ。それは、テリィのロミオの初演の2、3日前だったわ。どうしてもニューヨークに行かなきゃならないから帰りたいって大騒ぎして。あの子ったら、私が当時オーディションでスザナに私が負けてイライラしている時に来ちゃったもんだから、私はブロードウェイの公演が終わるまで屋敷から出さないわって意地悪してやったのよ。そしたら、ターザンみたいに窓から出て行ったんだから、おかしな子!!」
「ターザン?!何それ。」
「アフリカとかにいる、人間かサルかわからないようなケダモノよ。木登りとかサルみたいに上手いのよ。キャンディはターザンよ。あははは!」
「そうなのね!変わった人ね!」
俺はキャンディがどうして、この場で笑い者にされなければならないのか悔しかった。歯を食いしばって我慢していた。
「ねぇ!テリュース!あのそばかすターザンは何してるの、あなたに振られて泣きながら病院から帰ったって言うじゃない!当たり前よね。スザナとキャンディを比べたら誰だってスザナを取るわよ。」
「まあ、カレン、そんな事ないわ。テリィは優しいのよ。優しすぎるの。孤児院出身のかわいそうな貧乏なキャンディがテリィみたいなお金持ちの御曹司を手放すはずないでしょう。ニューヨークまでわざわざ追いかけて来て、テリィも困ってたのよ。あいつが本気だったなんて知らなかったって後で私に言ってたの。」
「もうやめろよ、ここにいない人の悪口を言うのはスザナらしくないよ。」
「ところがスザナ、あのキャンディってやり手なのよ。シカゴのアードレー家の養女になりすましたのよ。アードレー家よ!泣く子も黙る。すごいわよね。
アードレー家の財産をテリィに匂わしたってとこね。男は貴族出身の花形俳優のテリュース。。」
そこまで言いかけた途端俺は、いてたまらなくなり、その場を離れようとした。
「テリィ、私キャンディがその後どうなったか知ってるのよ!知りたい?あなた。」
「知りたくもないさ!」
「キャンディは、ウイリアム・アルバート・アードレーと婚約してるのよ!」
アルバートさんとキャンディが婚約?!
嘘だ!嘘だ!嘘だろ?!
なぜだ?!アルバートさんは、養父じゃないか!
「そんな事嘘だろ!嘘に決まっている!誰から聞いたんだ!」
「あ?ら!その顔は本音が出たわね!テリィ。あんたはスザナなんて好きでも何でもないのよ!この人はキャンディの事が忘れられないのよ!今の顔を見た?そのびっくり仰天した顔!顔色が真っ青よ。あははは!」
「やめてくれ!カレン!冗談だと言ってくれ!」
「冗談じゃないわ!新聞に載ってるもの!ほらご覧なさいな!」
新聞には確かに、アルバート氏と養女との関係が書かれてあり、結婚間近かと書かれていたが事実は良くわからなかった。
「 テリィはキャンディの事なんて何とも思ってないのよ、カレン。私だけを愛してくれているの。テリィの熱いキスが彼の愛を感じるの。私にはわかるのよ。女だから。」
「スザナ、テリィは俳優なのよ。あなたに対する行為なんて演技に決まってるわ。たとえセックスしたとしてもね。この人はそういう人よ。心の中はキャンディで一杯なのよ。私にはわかるわ。」
カレンの品のない言葉にスザナは切れかけていた。
「何なの?カレン、あなた私にまだ根を持ってるの?テリュースを私に取られたってあなたは思っているんでしょう!あなたもテリュースを狙っていたのは知ってるのよ!」
「何を言い出すのよ、あなたみたいな人なんて羨ましくも何ともないわ!愛されてもないくせに、命がけでかばったって、どうせ計算づくの事でしょう?テリュースの心を向けたいから、あなたが勝手にした事じゃないの。それを盾にとって結婚迫るなんてあんたって最低な女よ。そんな女に騙されてるテリィもバカだと思うけどね!あははは!バカな人たち!」
「カレン!もう帰って!あなたなんて二度と会いたくないわ!」
「ええ、帰るわよ!私は本当の事言ったまでよ。テリィ!あなた、自分の胸に手を当てて考えてみなさいよ!あなたはターザンそばかすの事が忘れられないバカな男よ!あははは!」
カレンは店を出て行った。スザナはさめざめと泣きだし、そうよ、わたしはひどい女よ!だからテリュースにも愛してもらえないのよ!っと泣き叫んでいた。
パーティはお開きになり、俺はスザナの屋敷へ送り届けた。
「今日はゆっくりおやすみ。。俺は帰るから。」
「待って!テリュース!そばにいて。。」
「帰る!俺は明日から初演なんだ。」
先日のような事態になればスザナの思うツボである事を知った俺はすぐに帰った。
それよりもひどく憂鬱になっていた。キャンディとアルバートさんの結婚の噂がひどく気になり、不安と寂しさで気が狂いそうになるのだった。
俺の心は深く沈んでいった。